2013年5月31日 (金)

アフリカです

アフリカ開発会議が開催されてます。趣旨がどうあれ、アフリカへと人の目が向くのは嬉しいです。

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準備はしていたのですが、結局のんびりペースでアフリカの写真を公開しました。

といってもこのサイトではないです。

私の設定で、安価にネット用の小さな写真を買うこともできます。今は取り急ぎ、マリで撮ったイメージカット的なものをいくつか載せました。近々、ギニアものを載せようと思ってます。

下のリンクは、そのサイトのトップではなく、直接その中にある私のページに飛びます。すかしたプロフィール写真なんか載ってて(載せたのは私だ)結構恥ずかしいです。

→▷ここです

作る際の苦労話を以下に書いてますが、写真好きの人でないとしらけるので、興味のある人だけどうぞ。

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2010年5月19日 (水)

第七回大宮八幡宮の杜薪能 5月15日

初回からおつきあいさせていただいている「大宮八幡の杜薪能」も、今年で七回目を迎えました。

毎年天候に悩まされるのですが、今年は夕方まで快晴、さい先良いと思っていたが夜になって冷え込み、撮影にはちとつらい天候でした。

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2008年6月30日 (月)

佃島

_eps2800写真を教えている学生さんたちと、佃島に通い始めました。
ちょうど今、朝の連続テレビドラマ「瞳」が、となりまちの月島を舞台にしています。また今年は3年に一度の「住吉神社」のお祭りがある年でもあり、何かと注目を集めている場所です。

行くまでは「古びていく町並み」と「林立する高層マンション」が、新旧の対照を作っていて、異様な風景が見れる場所。
という印象だったのですが。

僕には双方への、勘違いがあったようです。

古びた町並みも、そこに生きる人も店も生命力を持ち続けていました。新しいマンションに住む人も、仮住まいかもしれないが、その古い町に溶け込み、伝統の祭りも楽しみながら、のびのびと生きていました。

界隈を歩いていると、そこここで子連れのお母さんたちが「井戸端会議」ならぬ「公園談義」に興じている。
その多くは、林立する高層マンションの住民。
新しい住民も、ここ「佃島」の町並み、雰囲気が好きで、この場所を選んで越してきているようだ。そのあたり、郊外の「ニュータウン」とは、事情が違う。
ここは、強烈なジモティーがいる街なのだった。
年寄りだけが多い再開発地区予定地、などと思っていたら、大間違いでした。

ここに見える、一見違和感のある風景は、ある種の、未来志向の街作りなのかもしれない。
ちょっと先の、未来の街なのかもしれない。
などと思いながら、街を歩いていました。

赤い欄干は、かつての佃島にかかる佃小橋。背景に立つ高層マンションと低層住宅の対比が、ふしぎな調和を感じさせました。

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2006年10月10日 (火)

おおくぼ祭り

109_104「体育の日」大久保の商店街で、町おこしの祭りがあると言うことで、行ってみました。

駅を降りたら、ガード下の音に重なって、はっきりそれと分かる、韓国の太鼓のリズムが聞こえてきた。思わず、それに引き寄せられてしまった。
休日モードで、携帯用のデジカメしか持っていなかったので、画質など不満ですが、お許しを。

10数年前、この街のすぐそばに住んでいました。
その頃から、アジア系の人たちが住み始め、今では「コリアンタウン」として、「韓流族」が大久保詣でをする街にまで、なってしまいました。
住んでいた当時は夜になると、街角に客引きをする人たちが並んでいたことが、今となっては嘘のようです。

新宿が、雑多な精神、文化、風俗を抱え込んできたことは、周知のこと。今やそれが新宿をはみ出して、大久保にまで及んでいるのでしょうか。
でもなんだか、新宿よりは懐かしく、優しさを感じます。
裏通りを散策する、若いカップルも多く「原宿化」も間近かと、錯覚しそうなほど。

しばらく、うろついてみようかなと、思ってます。109_103
まずは、この街の雰囲気を、自分でもう一度、確かめてみることに、してみます。

右の写真、大久保通りと、明治通りの交差点。
かつて、毎日のように、歩いた場所です。今は、地下鉄13号線の工事中で、駅舎などの工事中。

街の風景は、まだまだ、変化していきそうです。

ここに住み始めた頃、アジアの国々に通い、写真を撮っていました。アフリカと出会ったのも、ここに住んでいた頃。結局いろんなものが、中途半端になってしまっている、この10数年を振り返る。
少し、恥ずかしい気がしてきます。

さて、この先の10年間。
おそらく僕にとっては、写真家としての、何か、をまとめなくてはいけない時期だろう。そんなことも、改めて思い知らされる。

日々の仕事は大切だけど、カメラを手に街を歩いたときの、緊張感と開放感。
暗室で写真を作ってみたときに感じた、衝撃。
それを、素直にもう一度出してみるには、この街は最適のように感じて、帰ってきました。

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2006年8月 7日 (月)

バリダンス屋外公演 at 阿佐ヶ谷神明宮

今年で六回目になる、阿佐ヶ谷神明宮での、バリダンスの奉納公演。
今年は、数多くの楽器演奏者に伴われて、華々しく行われました。

じつは、その前に、久しぶりに、アフリカンドラムのワークショップに参加。
ためため、シャッフル、よれよれのリズム、に混ざる、三連のリードのおもしろさを、再体験していただけに。
ダンスと、演奏者の呼吸の良さに感服。

その後、近くのアフリカ民芸店に乱入。
その後に、渋い焼鳥屋さんで、話をしまくりしてました。
話は、秩父の屋台ばやしから、昔の楼中の芸能、等々、音(リズム)と歌や踊りの絡みのおもしろさに、とどまることを知らず。夜は更けていくのでした。

呼吸があったときの気持ちよさ、楽しいよねぇ。
トラディッショナルならではの、呼吸の接点があるから、それが見えたときが、分かったときが、嬉しい。

気に入った芝居に出会ったときの、感動と同じ、と言ったら、違うかな?

アフリカン・ダンス・ドラムクラス(アフリカングルーブ)へのリンクはこちら
阿佐ヶ谷針舞踏祭へのリンクはこちら
阿佐ヶ谷のアフリカ民芸・楽器店(ボゴラン・マーケット)のリンクは、こちら

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2006年7月17日 (月)

夏祭り 獅子舞 at 富士見市 下南畑八幡神社

716_290「キラリ☆富士見」での、舞台写真講座で、今年は、地元の伝統芸能を撮影することにしました。江戸時代から続く、獅子舞です。

この「獅子舞」は、この時期、田んぼ仕事は一段落、でも、作柄に影響する、一番あやうい時期。気持ちを静めようよ、と、始まったこと。と、想像しています。で、同時に、子孫繁栄の、霊降りの儀式。

思うことは色々あるのですが(芝居と芸能との齟齬、芸能と演劇との融合あるいは乖離)、とにかく、僕が知らないので、見てみないことには、はじまらないい。そう思って、見に行って、撮影しました。

皆さま、ありがとうございました。おもいの他、たくさんの人を巻き込んで、事が始まってしまいましたが。やはり、この地には、目にしたい、たくさんのことがあると分かりました。
結果の、写真展示が、見栄えするものになるように、頑張ります。それで応えなければ。

ありがとうございました。

展示は、8月20日から、キラリ☆富士見(富士見市文化会館)にて。

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2006年6月28日 (水)

梅雨の合間(2)

0627_011_10627_012_4 あまりの天気の良さに、日が傾き始めた頃から、地元の杉並区内を、そぞろ歩き。

梅雨と言っても、ほとんど開けた感じ。去年に引き続き、天候がおかしくなってる。

今更、だけど、そんなことの一つ一つを、細やかに感じ取っていたい。何かを、忘れないために。

今日はリベンジで、先週、地図を持たずに迷った場所に、再チャレンジ。しっかり、地図もプリントアウトして、持って出ました。

まずは、杉並高校そばの、神社にある、お稲荷さんから。
たたられそうで、まずは、最初に。

(←真新しい「コマ狐」かわいらしすぎて、怖くない。
 切られた古木に、サルノコシカケが生えていました。フラクタル?→)



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改めて、この界隈、青梅街道から善福寺緑地の間を歩いていると、大きな木が多い。
もちろん公園内にもあるのだけど、宅地内に立っている大木が目につく。杉並区指定保護樹の札が貼ってある樹も、目につく。

元々このあたり、時の権力者から逃れるために、落ち武者として、この地に住み着いた人が、多くいたらしい。
太田道灌が城を造って、中世の(徳川家が来る前の)江戸を作る際にも、この杉並で、戦争があったとか。かなり、歴史のある地で、あるらしいです。このあたりの共同墓地に行くと、平安から鎌倉にかけての、古い石板や、摩耗した仏が、どこでも見られる。

(←ツタが絡まった大木。ここまで生えているのは、久しぶりに見ました。
 取り壊し寸前の貸家。ガラスが、子供の頃の感じで、好き。夕日が透けていました。→)


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梅雨、というのは、梅の実がなる頃、と言う意味。
天神様も祭られている、古い神社に、梅の木が多くありました。

天神様(菅原道真)が、政争に敗れ、九州に赴任(左遷)されるときの句が、「東風ふかば におひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な 忘れそ」でした。旧居に生えている木から、せめて一年に一度、その香り(都の雰囲気)を、伝えてほしい。そんな思い。だから今でも、天神様の境内には、梅の木があります。

帰りにお店に寄ったら、確かに、今の時期、梅の実が多く並んでいます。

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梅雨、つーゆー。

子供の頃、天神様付属の幼稚園行ってました。なんだか、懐かしく感じた。
でも、牛はいなかったなぁ。ぶつぶつ。見落としたか。



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と、川沿いにある緑地のコンクリート護岸を見ると、やってるねー、たぶんテニスの練習の後。
写真家としては、このぼけ具合と、下から生えている草のまっすぐなたちかたが嬉しい。

自然はまっすぐ。
人は、うつろ、です。
実際は。
脳の中でも、人の記憶ほどあやういものはなくて、人が、「真実」を、探り当てることに、どれだけの労力を必要としているか。知るたびにびっくり。

と、思わず、そんなことを感じた、コンクリート壁でした。

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と、諸常無行、なんて思っていたら、これは、春は曙、じゃなくて、梅雨は夕暮れ。

良いなぁ、明日の仕事のために、仕事着が干してあった。

人の肌触りが、嬉しいんですね、やはり。

明日もまた、好きな人たちと、一緒に生きたい。たぶん、そんな気持ちがほしくて、人は生きていくんです。と、思った、夕暮れ時でした。

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2006年6月18日 (日)

梅雨の合間

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仕事の舞台撮影は、しているのだけど、と、いきなり言い訳から始めてしまいます。

公開できるものが少なかったり、ネタバレがあるので、公演が終わってから、との約束だったり。ちょっと、更新が、停滞してます。

そんなこともあって、久しぶりに、町中を歩き回って撮った写真を、載せてみます。

先月からずっと雨模様で、ようやく「正式」に梅雨入りとなったらしい。これだけよく雨が降ると、日本も、温暖化の影響で気候が変わったのかと、思いたくなります。

始まったばかりの梅雨の、中休みに「杉並の民話と方言」というを本を頼りに、地元を歩いてみました。

まずは「三年坂」。

転ぶと三年後に死ぬとか、直るのに三年かかる重傷を負う、とかの言い伝えが、あるそうです。それだけ、転びやすいから注意しろと言う、そんな意味らしいです。

そんな言い伝えがあるくらいだから、昔は重要な道だったのでしょうが、今は、近くにバスが走り、通る人も少ない、小学校脇の小道になっています。

そうした言い伝えより、写真家としてはこの樹と塀の、妙な共存が楽しいです。苔むした大木が、突如塀を破り抜けて生えてきたような、そんな感覚。何かが時を超えて、顔を出したようでもあり。いいなぁ。

で、坂を登った上にあるのが「尾崎熊野神社」。

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強い風にあおられて、境内に生えている杉の大木からは松ぼっくりが、参道の桜の木からは、桜の実が、ぼとぼとと落ちてきます。頭に落ちてこないように、思わず頭上注意。桜には、カラスがたくさん群がっていて、これまた、つつかれないように、そばを緊張しながら通り抜け。

結局、何事もなかったのですが、それは縁起が良いのか悪いのか。後で、考えさせられることになりました。

落ちていた桜の実が、妙に美しかった。

こんなサクランボを味見したことがあるのだけど、結構甘みがあっておいいものです。カラスが好んで食べるのも、分かるような気がする。

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ふと、鳥居の裏側を見ると、紀元二千六百年記念、とほられています。当時は、色んなことが行われたのだろうなぁ、と、妙な感慨。まぁ、今の子供たちには、無縁な存在。で、つくづくよかったと思います。

報道によると、靖国神社を宗教法人から切り離すことも検討中とか。国家神道への反省から、信教の自由と国からの独立が、決められたのではなかったんですかねぇ。

僕も、神社の境内にたたずんでいると、心が洗われるような気がして、好きな空間です。そんな気持ち、感覚は、一人一人が、大事にするべきもの。強制や利用はいけません。

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その後、田端神社まで行こうとしたのですが、このあたりの道は昔の田舎道そのままで、いつも迷ってしまう。結局、この日も、阿佐ヶ谷住宅にはまりこみ、抜け出せなくなりました。次の予定があったので、タイムアップ。引き上げてきました。

このあたり、旧中島飛行機製作所の跡地と、聞いたことがあるような気がしたのですが、調べたら違うようです。三鷹の住宅と、勘違いしたのかな。

写真は、入口が閉鎖され、使われなくなった住宅。どことなくモダンで、きれいな外壁です。

こうして、中途半端になってしまったけど、梅雨の中休みの、ちょっとした散歩でした。

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次に行くときは、しっかりした地図を持って行こう!

世田谷もそうだけど、元の田舎道は迷いやすい。狐に化かされるという感じ、よく分かる。

あぁ、そういえば、先日は馬橋稲荷の周りを、ぐるぐる歩き回る羽目になり、お稲荷様の祟りかと、本当に思った。

この日も、田端神社に来るにはまだ初心者と、神様が行かせてくれなかったのかなぁ。

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2006年6月 1日 (木)

キラリ☆ふじみ「舞台撮影ワークショップ」発表展示

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こんな感じで、今年また新たに始まった、富士見市文化会館(キラリ☆ふじみ)での、舞台撮影ワークショップが、ひとまず終わりました。
うまくいったと、ほっとしています。

参加者の方々を信頼して、お任せしきったことが、良い結果を出したと思います。ありがとうございました。

もう一ラウンド、地域に帰って、やることが残っていますが、やりきりましょう。何とかなるはず。

以下、展示へ寄せた「講師」らしい挨拶です。
書くのに、疲れました。こうしたことを書くのは、不向きですね。


0531_05 「青年団」の芝居では、同時多発的に、いろいろなことが舞台上で発生します。

役者も、おそらく、客席だけでなく、あっちの役者のしていること、こっちの役者のしていることを感じながら、自分はどこに向けて演じるか、常に多方面に考えているのだろうと、想像しています。

しかし、ぼくが手にしているカメラは、いつも一つだけ。すべてを追うことが出来ない。そうした歯がゆさを、今まで感じながら、撮影させていただいていました。

今回「舞台撮影ワークショップ」ということで、多人数のカメラマン(志願者)を、この青年団の舞台に、向けることが出来ました。そのなかには、買ったばかりのカメラを、いきなり持ち込んだ方も、何人かいらっしゃいました。でも、これがその成果です。自画自賛ですが、なかなかのものが出来たと、思っています。

この話を聞いたときから、客席のあらゆる方向に写し手を配置し、舞台で同時多発的に起こるなにかを、同時多発的に、それぞれの感性にゆだねて撮影したら、おもしろいものが出来るはずだと、直感していました。
今回、それが形となり、目に見えるものとなって、それが間違っていなかったと、確信できました。

ぼくの無手勝流で、説明抜きに、いきなり撮ってもらうやり方につきあっていただいた、今回の受講生の方々に、改めて、ありがとうと、お礼をさせていただきます。説明不足、申し訳ありませんでした。しかし、当初の予想を超えたものが、こうして目の前にできあがりました。

写真は、とにかく、やたらと、シャッターを切るところからしか始まりません。「下手な鉄砲が、数を打てば当たる」のです。どのような写真家の巨匠も、その繰り返しから始まったのです。
何が撮れるか、シャッターを切る前に萎縮しないで、とにかくたくさんシャッターを切ってほしい。デジタルの時代になって、一コマごとの「処理料金」を考えなくてよくなったのだから、思い切りシャッターを切ってください。

今回そのようにして、いただいた中から、ぼくの側から、良いカットと思って、皆さんに返させていただいたのが、この展示の写真たちです。

この講座が始まるときは、ぼく自身が無意識に感じていた、集団の力が、何らかの表現となった気がしています。

この芝居を見に来ていただいた方々にも、このように、舞台を撮影するという形での、芝居への接し方があるのだと、ご理解いただければ幸いです。機会は限られると思いますが、どなたにでも、出来ることです。臆することなく、チャレンジしてみてください。

この展示で問題があるとすれば、写真の色調の統一が出来ていません。これは私の不徳の致すところです。事前のカメラの調整、事後のコンピュータ上での補正が、思うままに出来ず、その点では、申し訳なく思っています。

 しかし、それ以上に、このように、集団で写した迫力を感じてください。そしてこのワークショップは、次に「小屋」を離れ、人が持つ演じたいという欲求を、地域の「夏祭り」を被写体に定め、同じ方法論でチャレンジしてみようとしています。

 こうした機会を提供していただいた「キラリ☆ふじみ」の関係者かたがた。とりわけ、芸術監督の平田オリザさんに、感謝します。

また、次に、一歩。進んで行きたい。出来るはずです。やってみましょう

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2006年5月 5日 (金)

里の春

_mg_0416_1 山梨県のとある村へ、出掛けてきました。
ちょうど、山里の桜の盛り、というか、散り盛り。
花吹雪がまっていました。

そのほかの花々も、咲いていて、のんびり、春を楽しんできました。












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川面を流れる花びらがきれい。
まるで、砕け散る光がそのまま、流れていくようです。





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池の鯉に少女が餌を投げる。
その餌に集まった鯉が、水面ではねる。

光のきらめきを投げているようです。

最近都会ばかりうろついていて、思いこんでいた気分が、すこしほぐれました。

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